福島千里|経歴と走り方(ランニングフォーム)の紹介

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プロフィール

氏名:福島 千里(ふくしま ちさと)

生年月日:1988年6月27日

出身地:北海道中川郡幕別町

所属:
糠内中学校
帯広南商業高等学校
北海道ハイテクノロジー専門学校
北海道ハイテクAC
現在プロアスリートとして活動中

身長:166cm
体重:52kg

自己記録

60m 7秒29(日本記録)
100m 11秒21(日本記録)
200m 22秒88(日本記録)

主な戦績
2003年 全日本中学校陸上選手権100m2位、200m2位
2004年 全国高校総体陸上100m3位、200m4位
2005年 全国高校総体陸上100m4位
世界ユース陸上競技選手権大会100m4位
国民体育大会陸上競技少年女子A100m4位
2006年 日本ジュニア陸上競技選手権大会100m優勝
全国高校総体陸上100m2位、200m3位
世界ジュニア陸上競技選手権大会100m準決勝敗退
国民体育大会陸上競技少年女子A100m3位
2007年 日本陸上競技選手権大会100m8位
2008年 織田記念陸上100m優勝
日本陸上競技選手権大会100m優勝
北京オリンピック100m一次予選敗退
2009年 日本陸上競技選手権大会100m決勝棄権、200m優勝
ベルリン世界選手権100m二次予選敗退200m一次予選敗退
2010年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m2位
IAAFコンチネンタルカップ100m6位
広州アジア大会100m優勝、200m優勝
2011年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
大邱世界陸上競技選手権大会100m準決勝敗退、200m準決勝敗退
2012年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
ロンドンオリンピック100m予選敗退、200m予選敗退
2013年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
モスクワ世界選手権200m予選敗退
2014年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
仁川アジア大会100m2位
2015年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
北京世界選手権100m準決勝敗退
2016年 日本陸上競技選手権大会100m優勝、200m優勝
リオデジャネイロオリンピック200m予選敗退
2017年 日本陸上競技選手権大会100m

誰もが認める女子短距離界のパイオニア。絶対的な存在で、他の選手との間にはあまりに大きな壁があります。一人で日本記録を更新し続け、世界に挑戦してきました。

彼女が陸上競技を始めたのは小学生の時。当時は遊びの延長程度だったようで、それ程突出した成績は残していません。また、この頃はスピードスケート競技も兼任していました。

中学校進学後は陸上競技に専念します。しかし、まだまだ本格的と呼べるトレーニングは行っておらず。そんな中でも中学三年時には全国レベルの実力を身に着け、ちょうど全日中が地元北海道開催だったため、地元期待の選手として雑誌に掲載されていたのを覚えています。
結果は100m・200mともに2位と大健闘。ちなみにこの時の200m優勝者は後のライバル・高橋萌木子選手です。
中学時代の福島選手はまだ体も小さく、身長150少々。正直、後にここまで成長するとは思っていませんでした…。

高校は帯広南商業に進学。一年時にはすでに11秒台をマークし、インターハイに出場。二年時にも記録を伸ばし、秋の国体100mでは4位入賞を果たします。
三年時には春に日本ジュニアを制し、絶好調でインターハイに臨みます。しかし、怪物高校生だった高橋萌木子選手と、200m高校記録を更新した中村宝子選手の後塵を拝する事になりました。
普段は穏やかな福島選手ですが、この時はレース後に泣き崩れていたとのエピソードがあります。

2007年は高校を卒業し、北海道ハイテクノロジー専門学校に入学。そして二年生となる2008年、彼女は大ブレイクを果たします。
好条件の織田記念陸上にて日本タイ記録となる11.36をマークしたのです。この記録は北京五輪参加標準Bを突破するものです。
その勢いのまま、日本選手権も初優勝。最大の壁であった高橋選手に、ついに勝利しました。また将来性も考慮され、見事北京五輪100mでの代表に選出されました。この種目での五輪出場は1952年ヘルシンキオリンピックの吉川綾子氏以来、56年ぶりの快挙です。
五輪本番では一次予選敗退となりましたが、初のシニア世界大会を経験しました。

2009年、専門学校を卒業後した福島選手は同校の職員として勤務。環境は変わりましたが、前年の快進撃は止まりません。ライバルの高橋選手とも好勝負を繰り広げますが、全勝に終わります。日本記録も立て続けに更新し、静岡国際200mで23.14、布施スプリント100m一次レース11.28、二次レース11.24、日本選手権200m23.00と、まるでセルゲイ・ブブカのように新記録を連発します。
ベルリン世界選手権では100m一次予選を突破。二次予選敗退に終わりましたが、着実な成長を見せました。
秋のアジア選手権でも100mを制し、名実ともにアジアトップ選手としての地位を確立します。

2010年、織田記念陸上で100m11.21をマーク。静岡国際200mでは22.89と日本人初の22秒台をマーク。
そして迎えた広州アジア大会。100mではグゼル・フビエワ選手が先行し、それを追いかける形に。いつもとは異なるレースパターンですが、終盤見事に逆転。金メダルを獲得します。続く200mでも金メダルを獲得し、女子では日本初となる100m・200m二冠の偉業を達成しました。

2011年も好調を維持。大邱世界選手権では100m・200mともに準決勝に進出の快挙を達成(ちなみにこの大会から予選の一次・二次性が廃止となり、準決勝枠が16人から24人に増えました。そのため、以前より準決勝に進む難度は低くなっています)。
またこの頃からライバルであった高橋選手が調子を落としていき、完全に孤高の存在になってしまいました…。

2012年、これまで快進撃を続けてきた福島選手ですが、ここで少し力に陰りが見え始めます。記録も以前ほどの水準を保てなくなり、ロンドンオリンピックも100m・200mともに予選落ちに終わります。
2013年モスクワ世界選手権は200mのみの参加で予選落ち。2014年連覇のかかる仁川アジア大会では100m2位、200m3位に終わります。
しかし2015年は再び調子が上向きになり、海外レースで100m11.23と自己記録に迫る走りを見せます。

2016年は春先から故障の影響で先行き不安でしたが、日本選手権では絶好の条件下で200m22.88をマーク。レース後は久しぶりに笑顔が見られました。
集大成として臨んだリオデジャネイロオリンピックは200mのみ出場し、予選敗退に終わります。

リオ五輪後は年齢的の事もあり進退を悩みましたが、東京五輪まで競技を継続する事を表明します。また北海道ハイテクノロジー専門学校を退職し、プロアスリートとしての活動を開始します。

2017年は足の痙攣に悩まされ、日本選手権は100m2位、200m5位に終わります。しかし他のレースでの記録の水準は決して低くなく、まだまだ日本では突出した存在です。



福島選手の疾走フォームです。
体幹の上部・胸のあたりでリードしていくフォームで、走りの滑らかさは日本女子短距離界では際立っています。
接地時に膝屈曲角度が大きいのが特徴的で、接地直後の重心移動にロスが少ない動作です。江里口選手も同様ですが、このタイプの選手は柔らかめのスパイクシューズを好む傾向にあります。


柔らかい雰囲気の中に強い意志を秘めた、とても魅力的な選手です。東京五輪まで、彼女の挑戦に期待しましょう。

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