【アリソン・フェリックス ❝メダルコレクター❞】

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

氏名:アリソン・フェリックス(Allyson Felix)

生年月日:1985年11月18日

国籍:アメリカ合衆国

出身地:アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス

所属:
Los Angeles Baptist High School
南カリフォルニア大学
アディダス(プロ契約)

身長:168cm
体重:55kg

自己記録

60m 7秒10
100m 10秒89
150m 16秒36(世界最高記録)
200m 21秒69
300m 36秒33
400m 49秒26

主な戦績
2001年 世界ユース選手権100m優勝・メドレーリレー優勝
2002年 世界ジュニア選手権200m5位
2003年 パンアメリカンゲームス200m3位・400mリレー優勝
2004年 アテネオリンピック200m2位
2005年 ヘルシンキ世界選手権200m優勝
2007年 大阪世界選手権200m優勝・400mリレー優勝・1600mリレー優勝
2008年 北京オリンピック200m2位・400mリレー優勝
2009年 ベルリン世界選手権200m優勝・1600mリレー優勝
2010年 世界室内選手権1600mリレー優勝
2011年 大邱世界選手権200m3位・400m2位・400mリレー優勝・1600mリレー優勝
2012年 ロンドンオリンピック100m5位・200m優勝・400mリレー優勝・1600mリレー優勝
2013年 モスクワ世界選手権200m決勝途中棄権
2015年 北京世界選手権400m優勝・400mリレー2位・1600mリレー2位
2016年 リオデジャネイロオリンピック400m2位・400mリレー優勝・1600mリレー優勝
2017年 ロンドン世界選手権400m3位・400mリレー優勝・1600mリレー優勝

五輪・世界選手権を合わせて獲得したメダルの数は計25個。活躍期間が長く、また華やかなルックスとその走りから、世界中にファンが多いアリソン・フェリックス選手です。

アリソン選手の特徴として、モデル並みに長く細い手足が挙げられます。高校時代は167㎝56kgと、現在とほぼ同様の体型だったアリソン選手。その短距離選手としては異例の細さから、当時の彼女のあだ名は”チキンレッグ”でした。しかしそれに反して筋力は強く、デッドリフトはその頃すでに270ポンド(約120キロ)程の重量を扱っていたそうです。
彼女のスプリンターとしての才能は早期に開花し、2001年に世界ユース100m優勝、2003年にはアメリカ室内選手権で200m銀メダルを獲得。数か月後メキシコで行われたレースでは200m22.11をマークしています(この大会ではドーピング検査が未実施だったため、ジュニア世界記録には認定されておらず)。
これらの実績から、彼女は18歳という若さでアディダスとプロ契約を締結します(契約金は未発表)。そして高校を卒業した彼女は、陸上競技の名門である南カリフォルニア大学に進学する事になりました。(ちなみに専攻は初等教育学。子供好きで、将来は小学校の先生になりたいそうです。)

2004年、アリソン選手18歳。ここから彼女の輝かしい経歴がスタートします。初のシニア世界大会となったアテネ五輪では200mに出場。ベロニカ・キャンベル選手に敗れたものの、22.18 のジュニア世界記録を樹立し銀メダルを獲得!
2005年のヘルシンキ世界選手権では19歳の若さながら200mで金メダルを獲得。史上最年少での優勝となりました。
2007年の大阪世界選手権では200m・400mリレー・1600mリレーの三冠を達成。この時の活躍もあり、日本での知名度も高くなりました。

2008年、ふたたび迎えた五輪イヤー。200mではアテネで敗れたベロニカ・キャンベル選手との再戦になりました。決勝ではアリソン選手がシーズンベストとなる21.93をマークしたものの、ベロニカ選手がそれを上回る21.74をマーク。またしても銀メダルに終わりました。しかし今大会では400mリレーにも出場し、こちらは金メダルを獲得。アリソン選手にとっては初の五輪金メダル獲得です。
2009年のベルリン世界選手権では200m・1600mリレーで金メダル獲得。
2011年には彼女は新たな挑戦を始めます。大邱世界選手権で400mに出場。アマントル・モントショー選手に0.03の僅差で敗れたものの、銀メダルを獲得し、マルチな才能をアピールしました。

2012年、三度目の出場となるロンドン五輪です。200mで金メダルを獲得するため、400m出場は断念。この年の五輪選考では200m21.69の自己ベストをマークしており、今度こそ負けられないレースになりました。200m決勝では最大の好敵手となったシェリー・アン・フレイザー選手を終盤振り切り、悲願の金メダルを獲得!彼女にとって、個人種目での五輪金メダルはこれが唯一の物です。
2013年モスクワ世界選手権では、200m決勝レース中にハムストリングス肉離れを受傷。途中棄権となりました。
2014年、前年の怪我から9か月の休養期間を経て、上海ゴーリンデングランプリにて復帰。400mで50.81をマークしています。
2015年。北京世界選手権では、スケジュールの影響もあり個人種目は400mに専念する事を決意。決勝では49.26の自己ベストをマークし、この種目では初の世界一の座に輝きました。

2016年、リオデジャネイロ五輪の開催年です。しかし、この年の4月にトレーニングをしている際、右足首を捻挫。靭帯を損傷し、五輪への計画を大幅に修正することになりました。復帰となったのは6月、400mで51.23をマークしています。
リオ五輪では200m・400mの二冠を目標に掲げていたアリソン選手ですが、200mでは出場権を獲得できず、個人種目は400mのみの参戦となりました。迎えた五輪400m決勝、ラスト100mで先行するショーナ・ミラー選手を猛追し、逆転したかと思われましたが、フィニッシュでダイブしたショーナ選手がトルソーの差で逃げ切り、結局アリソン選手は銀メダルに終わりました。
2017年のロンドン世界選手権では400m銅メダルを獲得しています。


アリソンフェリックス選手のランニングフォームです。
しなやかな走りという印象が強いかと思われますが、意外にも体幹部の動きは少なく、しっかり地面をプッシュするという、古典的なアメリカのランニング技術を取り入れています。上肢に関しても、肩~指先まで常に一定の力が入っている状態で、ジャマイカのトップスプリンターとは対照的です。どちらが良いかは安易に判断できませんが、ジャマイカの選手たちの方がよりナチュラルに脊柱を動かしています。
走りのリズムは高平慎士選手と似ており、滞空時間が長い傾向にあります。


2020年東京五輪を集大成としており、今後は400mに照準を合わせていくようです。私が陸上競技を始めた頃から世界の第一線で活躍しており、いつも華やかな姿を見せてくれました。意外にも個人種目での五輪金メダルは1つだけというアリソン選手。ぜひ、東京でそのメダルコレクションを増やしていただきたいですね。