ジャスティン・ガトリン|経歴と走り方(ランニングフォーム)の紹介

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プロフィール

氏名:ジャスティン・ガトリン(Justin Gatlin)

生年月日:1982年2月10日

国籍:アメリカ合衆国

出身地:ニューヨーク市ブルックリン区

所属:
Woodham High School
テネシー大学

身長:185cm
体重:79kg

自己記録

60m 6秒45
100m  9秒74
200m 19秒54

主な戦績
2003年 バーミンガム世界室内選手権60m優勝
2004年 アテネオリンピック100m優勝・200m3位・400mリレー2位
2005年 ヘルシンキ世界選手権100m優勝・200m優勝
2006~2009年 ドーピング違反により資格停止
2010年 競技復帰
2011年 大邱世界選手権100m準決勝敗退
2012年 イスタンブール世界室内選手権60m優勝
ロンドンオリンピック100m3位
2013年 モスクワ世界選手権100m2位・400mリレー2位
2015年 北京世界選手権100m2位・200m2位
2016年 リオデジャネイロオリンピック100m2位
2017年 ロンドン世界選手権100m優勝・400mリレー2位

アテネ五輪100m金メダリスト、ジャスティン・ガトリン選手。二度のドーピング違反により一時は永久追放処分を言い渡されましたが、粘り強い交渉により競技に復帰。その後自己ベストを更新し、2017年に再び世界一に返り咲いたスプリンターです。来日頻度が高く、バラエティー番組にも多々出演。日本でもおなじみの選手です。

ガトリン選手は高校時代から陸上競技で好成績を残しています。フロリダ州ペンサコーラにあるWoodham高校に通い、当時は110mハードルを専門に活躍。一方、スプリンターとしての才能も高く評価され、奨学金を得てテネシー大学に進学。順調に実力を伸ばしますが、2001年にドーピング違反により二年の出場停止処分を受けます。使用薬物は興奮作用の強いアンフェタミン。しかし彼は注意欠陥障害のため、幼少期から継続して使用しており、競技成績改善のためではないと主張。熱心な交渉により停止期間が一年に短縮しました。ちなみにこのアンフェタミンは、日本では違法薬物(覚せい剤)に指定されています。
試合に出場できなくなったガトリン選手。大学二年を終えた後、彼はプロアスリートになるためチームを去りました。

プロになった二年後、彼はアテネの舞台で五輪王者となります。さらに翌年はヘルシンキ世界選手権で100m・200mの二冠。この頃から、彼は当時の世界記録保持者アサファ・パウエル選手と比較されるようになりました。勝負強さを持つガトリン選手と、大舞台で結果の出せない最速の男パウエル選手。直接対決すればどちらが勝つのか?という議論がなされていました。

2006年5月、カタールのドーハで行われたレースで9.77の当時世界タイ記録をマーク。ついに最速の称号も手に…と思われましたが、しかし…。同年四月にドーピング検査した結果で陽性反応。禁止薬物<テストステロン>の使用が発覚します。この物質はいわゆる男性ホルモンそのもので、強い筋力増強作用があり、昔からよく使われていた典型的なドーピング薬です。当時のコーチであるグラハム氏にも強い責任追及がされましたが、彼は<マッサージ師がクリームを塗ったせいで陽性反応が出た>という、とんでもない言い訳をしています。
二度のドーピング違反により、彼は陸上界からの永久追放を言い渡されます。しかし、一度目の違反が医療目的であるとの理由で処分の軽減を要求。主張が受理され、8年間の資格停止となります。さらに翌年には再度処分の軽減を要求。ドーピングの調査に協力的だったという理由で、4年間の資格停止にまで軽減しました。

2010年、ガトリン選手は陸上界に復帰。初戦はエストニアの大会で、100m10.24をマーク。同年のシーズンベストは10.06でした。
2011年には9.95まで記録を短縮し、大邱世界選手権にも出場。100m準決勝に進出しています。
2012年はついに以前の力を取り戻します。全米選手権では9.80の自己ベストをマーク。ロンドン五輪では決勝でさらに記録を更新し、9.79で銅メダルを獲得しました。

2013年6月のゴールデンガラではウサイン・ボルト選手を0.01秒差で打ち負かすという快挙を達成。ヨハン・ブレイク選手とタイソン・ゲイ選手が戦線から姿を消す中、新たなボルト選手のライバルとして注目を浴びます。同年のモスクワ世界選手権でも100m銀メダルを獲得し、ナンバー2としての地位を確立しました。

そして2015年、彼の全盛期が到来します。5月に自己ベスト9.74(+0.9)を叩き出すと、その後も安定して9.7台をマーク。この時のパフォーマンスの安定感は歴代屈指のレベルでしょう。北京世界選手権では、調子の上がらないウサイン・ボルト選手との直接対決になりました。ガトリン有利の声が多かったですが、決勝では勝負強さを発揮したボルト選手に敗北しました。
翌年は少し力に陰りが見え、リオデジャネイロ五輪でも100m銀メダルに終わっています。またレーン紹介時には大きなブーイングが沸き起こりました。

2017年、ボルト選手が引退試合に決めていたロンドン世界選手権において、見事金メダルを獲得。しかし、会場内に彼をたたえる声はほとんどなく、あったのはブーイングの声とボルト選手に対する称賛でした。


ジャスティン・ガトリン選手のランニングフォームです。
ショートスプリンターとしては、一つの到達点とも呼べる完成された走りです。地面をプッシュする方向も完璧で、前方に進む事にエネルギーを集約できるのが最大の強みです。正面からの映像のほうが分かりやすいですが、力の分散といったものは全く見られません。山縣亮太選手と同様、その点においてはパーフェクトなレベルです。
アテネ五輪の頃と比べると、体幹の前傾が強まっており、足運びの軌道が低くなった印象です。そのため下腿の振り出しもコンパクトになり、現在では欠点が見当たりません。
アメリカ短距離界の最高傑作とも呼べる走りです。


2015年のパフォーマンスの安定感は歴代でも随一。ボルト選手のキャリア終盤では最大のライバルとして活躍しました。賛否両論ありますが、陸上界を盛り上げてくれた存在であることは間違いないです。

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