✅短距離走関連でおすすめの本30選≫

江里口匡史|プロフィール・経歴・走り方の紹介【陸上】

江里口匡史のプロフィール

氏名

江里口 匡史 (えりぐち まさし)

生年月日

1988年12月17日

出身地

熊本県菊池市

所属

菊池南中学校
鹿本高等学校
早稲田大学
大阪ガス

身長

170cm

体重

61kg

自己記録

100m 10秒07
200m 20秒80

主な戦績

2005年 全国高校総体陸上100m7位・200m予選敗退
国民体育大会陸上競技少年男子A100m8位
2006年 アジアジュニア陸上競技選手権100m予選棄権
全国高校総体陸上準決勝敗退・200m準決勝敗退
国民体育大会陸上競技少年男子A100m優勝
2007年 関東学生陸上競技対校選手権100m2位・200m準決勝敗退・4×100mリレー3位
日本学生陸上競技対校選手権100m優勝・4×100mリレー2位
日本陸上競技選手権100m5位
バンコクユニバーシアード100m一次予選棄権
2008年 関東学生陸上競技対校選手権100m準決勝敗退・4×100mリレー優勝
日本陸上競技選手権100m7位
日本学生陸上競技対校選手権100m優勝・4×100mリレー優勝
国民体育大会陸上競技成年男子200m2位
2009年 関東学生陸上競技対校選手権100m2位・200m準決勝敗退・4×100mリレー優勝
日本陸上競技選手権100m優勝
ベオグラードユニバーシアード100m3位・4×100mリレー予選失格
ベルリン世界選手権100m二次予選敗退・4×100m4位
日本学生陸上競技対校選手権100m優勝・4×100mリレー優勝
2010年 ドーハ世界室内選手権60m準決勝敗退
関東学生陸上競技対校選手権100m優勝・200m3位・4×100mリレー2位
日本陸上競技選手権100m優勝
日本学生陸上競技対校選手権100m優勝・4×100mリレー3位
広州アジア大会100m準決勝敗退
国民体育大会陸上競技成年男子100m2位
2011年 日本陸上競技選手権100m優勝
国民体育大会陸上競技成年男子100m優勝
2012年 日本陸上競技選手権100m優勝
ロンドンオリンピック100m予選敗退・4×100m4位
国民体育大会陸上競技成年男子100m優勝
2013年 日本陸上競技選手権100m予選敗退
国民体育大会陸上競技成年男子100m3位
2014年 アジア室内選手権60m4位
日本陸上競技選手権100m6位
2016年 国民体育大会陸上競技成年男子100m予選敗退
2017年 全日本実業団100m予選敗退

江里口匡史の経歴

日本選手権100m四連覇。熾烈な国内での戦いを制し続け、日本のエースとして活躍した選手です。男女とも非常に短距離のレベルが高い世代で、高瀬慧福島千里・高橋萌木子・後藤乃毅・荒尾将吾など有力選手が揃っていました。ちなみに私も同世代なので、彼らには特別思い入れがあります。

江里口選手ですが、中学時代はそれほど突出した戦績は残しておらず、三年時の最高記録で11.25です。
彼が全国レベルの選手に成長したのは鹿本高校進学後。体力づくりの一環で行っていた坂ダッシュで良い感覚をつかみ、飛躍を見せます。二年時にはインターハイに出場し、100mで7位入賞を果たします。

三年時には春先に100m10.38をマークし、インターハイは優勝候補に挙げられていましたが、直前の怪我の影響で100m・200mともに準決勝敗退に終わります。
私はこの時会場で初めて彼の走りを見ましたが、あまりの接地の滑らかさに鳥肌が立ったのを覚えています。タイムは平凡でしたが、走りの質感自体は他の選手と大きな隔たりを感じました。
秋には復調し、国体少年男子A100mでは10.37をマークし、圧勝。初の全国タイトルを獲得し、高校生活を終えます。余談ですが、中学~高校までの流れは末續慎吾選手にとても似ていますね。

大学は早稲田に進学。一年時から早くも活躍し日本インカレ100mを制します(後に四連覇を達成)。ユニバーシアードにも出場し、学生レベルでは国内トップクラスの実力を示しました。

そして彼が本格的にブレイクしたのは、2009年日本選手権。前年の北京オリンピック4×100m銅メダル獲得の影響もあり、短距離界に注目が集まった中行われた大会です。朝原宣治氏が引退、末續慎吾選手の無期限戦線離脱という状況下、新エース候補として注目されていた塚原直貴選手が予選で10.09という大記録をマーク。新たな時代の幕開けと思われましたが…。
後に行われた準決勝、塚原選手の記録を上回る10.07の記録が叩き出されました。江里口選手です。軽やかに流れるような加速、芸術的な走りを見せ、一気に日本代表レベルまで成長しました。決勝は塚原選手が欠場し、ライバル不在の中10.14で圧勝。初の日本選手権制覇となりました(ちなみにこの後、4連覇という偉業を達成します)。

前述したように100mでは日本インカレ四連覇、日本選手権四連覇と輝かしい戦績を誇りますが、世界の舞台では苦しい戦いが続きました。
2009年ベルリン世界選手権では二次予選敗退、2010年広州アジア大会でも準決勝敗退。
2011年は大学を卒業し、大阪ガスで朝原宣治氏のもと競技を継続します。しかし100m世界選手権参加標準記録を突破できず、日本は一人も選手を派遣できなかったという厳しい事実があります。

2012年には山縣亮太選手が成長し、共にロンドンオリンピックに出場します。100mは残念ながら予選敗退に終わりましたが、4×100mリレーでは4位に入賞します。
さらに翌年は桐生祥秀選手が大ブレイク。ここで決定的な世代交代となりました。

その後は怪我の影響で徐々に記録を落としていきます。体調不良や舟状骨骨折の手術などを経て、第一線からは大きく遠のいてしまいました。

2017年現在は結婚しており、競技も継続しています。大阪の小さな大会中心に出場しており、また9月の全日本実業団には100mに参戦。10.88で予選組最下位に終わっています。苦しい状況が続いていますが、まだ輝きを取り戻す戦いに挑んでいます。

江里口匡史の走り方(ランニングフォーム)


江里口選手の疾走フォームです。
上記の動画は彼の代名詞とも呼べる加速区間の物ですが、最大の長所は乗り込み動作の上手さでしょう。上半身も力が抜けており、接地時のみ全身を使って地面に力を加えています。
彼の体は日本男子としては平均的なサイズですが、もちろん身体能力は並ではありません。形体的な特徴としては大腿四頭筋腱(膝蓋骨の上)が非常に長く、これは接地時に強力な剛性力(バネ)として作用します。ちなみに彼の立ち五段跳びの記録は16mを超えるそうです。
非常に完成度の高い加速走ですが、反面この局面で失敗してしまうと立て直せずレースが終わることも多かった印象です。
その影響もあってか、国際大会では実力を発揮する事ができませんでした。
また、同世代のため頻回にアップ会場などで彼を見かけましたが、いつもウォーミングアップをとても丁寧にしていました。スタンディングからの流しをひたすら繰り返し、少しずつ走りを修正するのが彼のスタンスです。

現在は日本短距離界のレベルが格段に上がり、新時代を迎えています。完全に次のステージに移行した、と表現しても過言ではないでしょう。
北京オリンピック後、しばらく日本短距離界にはつらい時期が続きましたが、その時代を支えたのが彼の最も大きな功績ではないかと思います。現在の礎を築いた、江里口選手の存在を忘れないで欲しいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です