✅短距離走関連でおすすめの本30選≫

アスリートが引退する理由と時期について【慎重な意思決定を】

この記事を見てくださっている方は、現役のアスリートでしょうか。それともすでに引退された方、もしくは現在引退を検討している方かもしれませんね。

アスリートの引退って、とてもデリケートな話。私はこれまで複数のオリンピック選手に引退した時の心境を質問しましたが、みな口を揃えて述べることがあります。

「選手を引退した後、後悔がひとつも無いと言えば嘘になる」

続けていたらさらに上を目指せたのではないか、目標を達成できたのではないか、そんな感情が生まれるのですね。これは私も同様です。

今回の記事では、アスリートが引退する理由と時期についてまとめてみました。私の周囲の意見です。

とくに今現在引退を迷われている方は、参考にしてくださいね。

アスリートが引退する理由

重度の怪我

回復が困難な怪我、または後遺症が残るような障害を負った時、引退を考える選手が多いものです。

人間の身体というものは消耗品で、20歳を超えたあたりから、基本的には徐々に衰えてきます。

関節軟骨や腱などは変性し、繰り返し負担をかけられた組織はいずれ破壊されるのです。

これに関しては精神論ではどうにもならないため、腕の良い医療機関が見つからなかった場合、そのままリタイアするケースも多いでしょう。

自分の才能の限界を感じた

「これ以上頑張っても成長できない」

このような考えが思い浮かんだとき、人の足は止まります。

私個人の意見として、このケースではまだ努力を続けてほしいと考えています。たしかに人の才能は有限です。誰もがウサイン・ボルトより速く走れるわけではありません。

しかし、「自分の才能を100%開花させた」と断言できる人間は、どれほどいるでしょうか。自信をもってそう言い切れる人はいないはず。

だから、あなたの才能はまだ限界には達していないのです。

価値観の変化

私はこのケースでした。

「陸上競技で成功する」ということに対し、高校時代のようにモチベーションが上がらなくなったのです。

年齢を重ねるにつれ、様々なことを学びます。経済的なことや社会の構図など。

それを考えた時、スポーツで成功することが、社会的に何の意味を成すのか。これに疑問を感じるのです。

他にやりたいことが見つかった

これは良い方向にとらえてOKです。

「何かを継続することは大事」とよく言われますが、何かに時間をかけるとは、他の何かを犠牲にすることにもなります。

人生に与えられた時間は有限です。

楽しみはスポーツだけではないため、本当にやりたいことを見つけた場合、そちらにシフトしていくことは悪くありませんよ。

経済的な理由

これに関しては仕方がないですね。

例えば大学進学し、アルバイトをしなければ学費を払えないなどです。

優先事項を決め、スポーツよりも大事なことがある場合、そちらを重視しましょう。

アスリートが引退する時期

進学・就職

これが一番多いでしょうかね。

高校、大学、会社など…。次のステージに進む時に、同時に競技にピリオドを打つケースです。

ちょうどよい区切りになるので、これまでやってきたスポーツに未練が少ない場合は、新たなことにチャレンジしてもよいかもしれませんね。

シーズンの終わり

各スポーツにはオンシーズンがありますよね(例外もあり)。

シーズンが終わるとともに競技にもピリオドを打つ。これもよいタイミングかもしれません。

競技スポーツの目標設定は難しく、際限なく上を目指すといつまでも止められませんよね。世界王者になれる人物は一人だけで、その他の人間はある意味で全員敗者なのです。

自分で明確に目標を定め、それに対して努力し、結果がどうあれそこでピリオドを打つ。これもひとつの正しい選択でしょう。

結婚

結婚を機に、自分の趣味より優先すべきことが増え、競技スポーツをしている暇がなくなった。社会人だとこのケースも多いですね。

年齢を重ねると、環境が変化してきます。子供の頃のように「好きなことだけしている」ということは許されず、それよりも優先すべき事項が増えてきます。

時々足を止めて、今自分が優先すべきことは何なのか…。これを考えることも大事ですね。

まとめ

色々書き連ねましたが、最後に私が言いたいことを一つだけ。

漠然とスポーツを続けることだけはやめましょう

明確に目標を定め、それに対しての取り組みを実行する。

そして何より、

「何のためにスポーツをしているのか。そこから得るものは何なのか」

これを考えなければ、何も残らずに競技生活を終えることになります。

私の知っている選手でも、例えばインターハイ王者や世界大会に出場した短距離選手が、社会に出て何もできない…というケースは結構あります。

仕事もできない、コミュニケーションもとれない、手に職もない、敬語も使えない。あるのはただ「足が速かった」という事実だけ。厳しい意見ですが、社会人としては価値が無いと判断されても仕方がありません。

これでは、何のために競技をしていたのかまるで分かりませんよね。

私自身は、競技スポーツをしていてよかったと思っています。その頃は無知ながらも全力で取り組んだし、熱い想いがあり、そしてその時の経験も今活きている。

皆さんも、何のために競技スポーツをしているかを改めて考え、引退を検討している方は、良い選択を取れるようにしていただきたいですね。

大いに悩み、将来に向かって頑張りましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です